抜き紋・縫い紋の違いとは?着物の格が変わる家紋のルールとTPO別選び方

「紋が入っているから、この着物はフォーマルよね?」そう思って袖を通そうとした時、ふと「抜き紋」や「縫い紋」といった言葉を耳にして不安になったことはありませんか?
実は、家紋はその有無だけでなく、「どう入れるか(技法)」によって、着物全体の格がガラリと変わるというルールがあります。知らずに場違いな格好をしてしまわないか、大切な席で恥をかかないか……と心配される方も少なくありません。

本記事では、着物の専門家が、抜き紋・縫い紋の違いから、TPOに合わせた正しい選び方までをわかりやすく解説します。譲り受けた着物の家紋入れ替えについても触れていますので、お手元の着物を自信を持って着こなすための一助としてください。


染め紋・抜き紋とは?
「染め紋(そめもん)」とは、生地の染色工程において、家紋の部分を「染める(または染めない)」ことで表現する技法の総称です。
一口に染め紋と言っても、その入れ方(技法)によって「抜き紋(ぬきもん)」や「石持(こくもち)」など、いくつかの種類に分かれます。これらは単なる見た目の違いだけでなく、それぞれ「着物の格」や「仕立ての工程」に深く関わっています。
まずはこちらの図解で、主要な技法の違いを確認してみましょう。


染め抜き紋(抜き紋・日向紋)
染め抜き紋(一般的に「抜き紋」と呼ばれます)は、最も格式が高いとされる技法です。
- 技法の特徴:地色を染める前にあらかじめ紋の形を糊などで伏せ、その部分だけ白く残します。
- 格付け:「最高礼装」に分類され、黒留袖や喪服、五つ紋の色留袖などに用いられます。
- 職人の知恵:生地を白く「抜く」という工程は、最初から計画的に作るオーダーメイドの証でもあります。
石持入れ紋(こくもちいれもん)
「石持(こくもち)」とは、あらかじめ家紋を入れる位置を「白い丸形」に染め残してある生地のことです。
- 技法の特徴:すでに用意されている白い丸の中に、後から職人が筆で家紋を描き入れます。
- 活用シーン:既製品(プレタ)の黒留袖や喪服など、急ぎで紋を入れる必要がある際に重宝される技法です。
刷り込み紋(染め紋)
白い生地や淡い色の生地の上から、色を直接乗せて(刷り込んで)紋を描く技法です。
- 技法の特徴:「抜き紋」とは逆に、後から色を足していくため、仕上がりは少し柔らかな印象になります。
- 格付け:抜き紋よりもカジュアル(略式)な扱いとなり、小紋や紬、お洒落着として楽しむ色無地などに向いています。
フォーマルな服のための「抜き紋」
上記のように様々な種類がある染め紋ですが、まずは「抜き紋はフォーマル向け」と覚えておくと良いですね。正礼装(純フォーマル)の着物とは、洋服で言えば裾の長いドレスや燕尾服といったもの。特別な日のために誂えた着物には、特別な日にふさわしい家紋を入れるのが理想的ということになります。
生地が化繊だったため抜き紋ができず刷り込み紋に。
ところがお願いしていた紋屋さんに先方指定紋の刷り込み用の版が無くて結局版から作ってもらいました。もし今後、男紋で「丸に鬼づた」の刷り込み紋のご依頼があれば(ものすごいピンポイントですけど笑)ぼくが自分でいたします(ウソです!) pic.twitter.com/HeCpsjfFQ0— 染抜工房たまるや (@tamaruyakimono) 2017年8月19日
抜き紋にする為に染め前に紋糊を置きました。丸に五三の桐。 pic.twitter.com/87NitOBBoN
— 三島染色補正店四代目/三島正義 (@kokounosyokunin) 2018年10月10日
縫い紋とは?
「縫い紋(ぬいもん)」とは、生地を染め抜くのではなく、糸を使って刺繍(ししゅう)で家紋を表現する技法のことです。
染め抜き紋(抜き紋)が「格」を重んじるためのものであるのに対し、縫い紋は「華やかさ」や「自分らしさ」を演出するのに非常に適しています。色糸や金銀糸の種類によって、礼装からカジュアルまで幅広く対応できるのが最大の特徴です。
縫い紋の最大の特徴:格を「少し下げる」という気遣い
着物のルールには「紋を入れると格が上がる」という原則がありますが、あえて「抜き紋」ではなく「縫い紋」にすることで、格を一段階下げて(控えめにして)調整することができます。
訪問着に「抜き紋」を入れると親族の結婚式でも着られる準礼装になりますが、「縫い紋」にすれば、友人の結婚式やお茶会などにふさわしい「少し控えめで上品な装い」になります。
縫い紋の種類と選び方
縫い紋は、使う糸の色によって活用シーンが変わります。
最も格式高い刺繍技法。
控えめな美しさが魅力。
個性を出したい時に。
なぜ「色無地」に縫い紋が人気なのか?
色無地を一枚持っている場合、紋の入れ方で悩む方が多いですが、最近では「縫い紋の一つ紋」を選ぶ方が増えています。
その理由は、抜き紋ほど堅苦しくなりすぎず、それでいて「紋が入っている」という礼儀正しさを保てるためです。「親族の結婚式には出ないけれど、お茶会や友人のパーティーで着まわしたい」という方には、縫い紋が最もコストパフォーマンスの良い選択となります。
「色無地」の家紋に注意!家紋の入れ方で格が変わります


「黒留袖」といった正礼装の着物であれば、抜き紋が入っていれば大丈夫。また略礼装でも「訪問着」の場合には近年家紋入れを省略することが多いので、家紋の入れ方に敏感になる方は少ないことでしょう。ところがここで一つの着物の問題が出てきます。「色無地の家紋はどうしたらいいのか?」という点です。
「色無地」とは?
色無地(いろむじ)とは、その名前のとおりに柄の入らない「無地」の着物のこと。とは言えまったく模様がゼロというわけではなく、織りの文様(地紋)が生地に入っており、染め等で柄が入れられていないものを「色無地」と呼称します。黒が使われることは無いのですが、朱色・藤色・藍色・若草色等、その色合いは様々です。
「家紋の数」で格が変わる『色無地』
色無地は紋の有無・数によって、着物の格が変わってきます。
- 紋が無い色無地:紋無しの色無地はカジュアルな装いで、普段着に近い着物です。街着等に着ることはできますが、お茶会やパーティーといったフォーマルな集まりに着るのは不向きです。
- 一つ紋入りの色無地:背中の中央に一つ紋が入った色無地は「略礼装」の扱いとなります。
- 三つ紋入りの色無地:三つ紋(背中、両袖)に家紋が入った色無地は「準礼装」の扱いとなります。準礼装の中でも格が高い着物となる分、用途範囲がかなり限定されるので、三つ紋入りの色無地を誂える方は少なめです。
「家紋の入れ方」でも色無地の扱いが変わる
着ていける場が比較的広いことから、色無地では「一つ紋」を入れる方が多いです。しかしこの時の家紋の入れ方でも、用途が微妙に異なってきます。
抜き紋の場合
抜紋を入れた色無地は、略礼装の中でもよりフォーマルな装いとなります。そのため、以下のような場合に着用する着物として使用するのが一般的です。
- 友人や知人の結婚式
- 遠い親戚の結婚式
- ドレスアップした方の参加が多い観劇
- 祝賀会等のお祝いの席
- 家族の結納の立ち会い
- お宮参り
- 子どもの七五三
- 入学式・卒業式等の式典
- 初釜等の大掛かりなお茶席 等
また藍色・鈍色・灰色といった抑えた色合いの抜紋一つ紋を入れた色無地に法事用、もしくは喪用の帯を合わせる場合には、親戚の法事、年忌の茶会等に使用することもできます。
反対にご友人同士での集まり、気軽な観劇といったシーンに「抜き紋一つ紋」の色無地を着るのは少し大袈裟…ということに。カジュアル寄りの場面には、抜紋の色無地はふさわしくありません。また目立つ白抜き紋の場合、普段のお茶のお稽古事等には少々格が高すぎる恐れもあります。
縫い紋の場合
縫い紋は抜き紋よりも格が下がる分、縫い紋入りの色無地は略礼装の中でも「少々軽め」な扱いになります。染め抜き紋ではやや大袈裟に感じられる場合や、おしゃれさを楽しみたい場合等に使用するのが一般的です。
・金糸・銀糸、もしくは地色との濃淡の場合
縫い紋の中でも比較的フォーマル向けな装いです。軽めのパーティー、大寄せ茶会といった「外出着に格調を出したい」という場合に使用します。
・多色使いの縫紋の場合
ぼかし・多色使いの家紋(縫い洒落紋)は「おしゃれ扱い」であり、よりカジュアルな扱いになります。紬・小紋といった普段着向けの着物にも自由に付けられる家紋ですので、現代では「おしゃれ着」といった感覚と考えておくと良いのではないでしょうか。
気楽な観劇、友人同士でのちょっとした食事会といったシーンに向いています。反対に「礼服」的な意味合いは弱くなるので、結婚式といったシーンには不向きとされます。
嫁入り道具の着物に入れる家紋は?
かつてはお嫁入り道具には、黒留袖等の礼服を誂えるのが「常識」とされていました。最近でも着物文化の見直しによって、お嬢様のお嫁入りの際にお着物を仕立てるご家庭が増えているようです。この場合の家紋はどうしたら良いのでしょうか?
黒紋付羽織袴(くろもんつきはおりはかま):和服における男性の正装。羽二重(はぶたえ)という絹地を使う。袴は仙台平(せんだいひら)。家紋は白を染め残した染め抜き日向紋(ひなたもん)が正式。長屋の男は持っていないので大家や御隠居から借りる。写真は海老蔵親子。#試験に出る落語のことば pic.twitter.com/vyQgkJNRNP
— 南まんもす @創作落語 (@Mammoth_minami) 2016年10月12日
母上から黒羽織と色無地っぽいやつ送って貰った。
全部一つ紋入ってるんだけど、みんな違うw
1枚目は黒羽織で普通に日向紋
2枚目は絵羽羽織で笹竜胆の笹が陰になってる
3枚目は色無地みたいな小さい小紋で縫い紋。#家紋 pic.twitter.com/BM4MijcwVe— 和彩彩きーこ@5/6 5号館C02 (@wasaisai) 2018年3月10日
礼服には「抜き紋(日向紋)」を入れておく
五つ紋黒留袖といった正礼装・喪服等を嫁入り道具としてお仕立てになる場合には、前述のとおり「白抜き紋」を入れておきましょう。最も格の高い紋入りのお着物をご用意しておくことで、ご家族の結婚式・弔事といった際にも慌てることなく準備をすることができます。
家紋は実家のものを入れるの?
嫁入り道具の着物に入れる家紋については、地域によって考え方が大きく異るため注意が必要です。
【西日本エリアの場合】
近畿地方を中心とした西日本側の場合には「女紋(おんなもん)」という考え方があります。これは母から娘へ、娘から更に孫娘へ…と受け継いでいく女性専用の家紋です。
女性の場合には母方の家紋、男性は父方の家紋を入れるため、一家の中でも男女によって家紋が異なる場合があります。全体的には嫁入り道具に「ご実家の家紋(女紋)」を入れる地域が多いですが、地域によっては女紋を使用しない場合もあります。
【東日本エリアの場合】
関東以北のエリアでは、女紋の概念は一般的ではありません。女性の着用する着物の家紋については、「着物の着用者の出身(家)はどこなのか」もしくは「着物を仕立てた家がどこなのか」を示すものとなります。
家紋が「出身家を表すもの」である場合には、嫁入り道具には「お嫁さんの実家の紋」を入れるということになりますね。しかし「着物を誂えた家がどこか?」という考え方の地域の場合、必ずしも「実家の紋」とはなりません。お嫁入りの際のご費用を婚家が出した場合、留袖を仕立てたのが婚家側である場合には、着物には婚家の家紋が入ることになります。
上記説明では「西日本」「東日本」というざっくりとした分け方をしてあります。しかし家紋の考え方については沖縄~北海道の各地方によっても大きな違いが見られるため、「東日本だからこれが絶対!」と言った説明をするのがかなり困難です。
特にご実家と婚家の地方が大きく異る場合、ご両家の間で家紋への考え方の相違が見られるケースも多々あります。事前にご両家ならびに地域での家紋の考え方について確認を取っておかれることをおすすめします。
譲りたい着物の家紋が違う時には?
「娘に着物を譲りたいけれど、家紋が合わないからどうしよう」とお困りになっている方も多いのではないでしょう?例えばお母様がご実家の家紋を入れたお着物を持っていて、娘さんに着物を譲る場合。「女紋」の地域であればそのまま着ることもできますが、そうでない場合ですと、娘さんの実家の家紋は「お父様の家の家紋」ということになり、家紋が合わなくなってしまいますね。
貼付け紋だと着る場が限定される
上記のような「家紋の違い」が出た時、シール式の「貼り付け紋」等で手早く紋替えをする方もいらっしゃいます。しかしお譲りになるのが礼服の場合、前述の通り「貼付紋」ですとかなり格が下がるのが問題です。張付紋は厚みが出るため、そこまで着物に詳しくない方でも「貼っている(縫い付けている)」ということが一目でわかります。
フォーマルな場にカジュアルな装いで出かけてしまったような「ちぐはぐさ」が目立つこともありますし、「借り着」を着ているようにも見えてしまいます。
長く着るなら専門店での入れ替えを
着物のお直しの専門店では、家紋の入れ替え(紋替え)を行うことができます。現在染められている家紋を落とし、新たに家紋を入れ直し(染め直し)をすれば、留袖等でもフォーマルな場へ堂々と着用することが可能です。譲られた着物を長く着るご予定があるなら、お早めに家紋の入れ替えをされることをおすすめします。
おわりに
洋服を着ている時、相手の持っているバッグや服についたブランドロゴについつい目が行く…という方は多いはず。着物の場合もこれと同じで、ごく小さなマークである「家紋」はとても目に付く存在となります。TPOに合わせて、上手に家紋入りの着物を着こなしていきたいですね。














